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井上ひさしさんが亡くなりました。あなたの紡ぎ出す物語にはずいぶんいろいろなところに連れて行ってもらいました。あなたの作った「未来を信ずる歌」。君が代なんかより圧倒的に国歌に相応しいと思っています。ってそもそも国歌なんかいらないよね。
ご冥福を祈ります。 #
by sivaprod
| 2010-04-13 01:43
| 聴く
たとえば福祉作業所やあるいは村起こしグループなどが作るクラフト作品を売り場で見たり知人から購入を勧められたりした時、製作者の熱意や労力に心打たれながらも「これは欲しくならないよなあ…。」といささか後ろめたく思いつつ購入をためらったりあるいは購入してもどこかにしまい込んでしまったりすることはないだろうか。そういう製品を見る度に「これはデザイナーが関わるべきだよなあ。わたしならどうするだろう?」と考えていた。けど考えるだけならサルにでも出来る。カタチにしてこそデザイナー、わたしはデザイナー失格だ。
考えるだけでなく実行に移しそれを高いレベルで保ってる人々がいる。元刑務官の吉田幸世氏が立ち上げたプリゾナという会社だ。もともと刑務所内での刑務作業は単純反復作業や一昔前の技術水準による作業など、職業訓練としては必ずしも適してるとは言えないものも多く(私がかつてデザインを手がけた洗濯ピンチのバネは服役者が一つ一つ手で入れてると教えられた)、さらに近年の不況により外部企業からの発注量も激滅している。刑務作業で製作される商品をデザインによって付加価値の高い洗練されたものにすることで、ユーザーには魅力的な製品が安価に提供され受刑者はスキルとプライドが身につけられる可能性が高くなる。元刑務官という経験と人脈を活かした素晴らしい試みだと思う。実際プリゾナが提案する商品はどれも刑務所で作られているという”物語性”を除いても誰もが欲しくなるような洗練された仕上がりだ。 気になるところが皆無なわけではない。懲罰や社会適応訓練という法的規定はあれど、付加価値の高い労働に一般労働法規の適用がされないことの理路を私は今のところどう考えれば良いのかわからない。刑務作業に対する報奨は1人1か月当たり平均約4000円強。社会復帰の原資とするにはあまりにも心細い金額だ。もっともこれは吉田氏たちが動かせる話ではなく社会全体で考えるべき問題であるのだが。 ともあれ彼らの試みを知って、ビクター・パパネックの「生きのびるためのデザイン」を読み感激したことがデザイナーという職業を選ぶきっかけの一つになったわたしが忘れてはいけない「お前は何のためにデザインしてるのだ?」という問いを改めて突きつけられた気がする。 ところでプリゾナの製品ブランドLUDOVICO(ルドヴィコ)。シャレが効いてるというかタチがワルイというか。プリゾナ社内ではベートーヴェンの第九が流れてたりするのだろうか(笑)。
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by sivaprod
| 2010-03-13 05:23
| デザイン
永住外国人への地方参政権付与法案が民主党内の反対派や国民新党の反対でどうやら今国会での提出が難しくなってるようだ。
私には反対する人々の理屈がさっぱりわからんのだが。 特別永住者と一般永住者の老若男女全て合わせても100万人にも満たないのに「外国に内政干渉を受ける!」「国が乗っ取られる!」って喚いてる自虐的国家観の持ち主は論外として(ホント、どんだけ自分の国ショボイ認定なんだよ。ケツの穴小さすぎ。)、「そんなに地方参政権が欲しけりゃ帰化すりゃいいだろ。」って理屈もさっぱりわからんのです。 たとえば東京に住んでる人々の中にも色々な理由で他府県から引越してきて東京に居を定めそこで骨を埋めるつもりで生活してる人ってたくさんいる。都税を納め地域の人々や職場の人々と親交を深め子どもたちを地域の学校に通わせてるような。でそういう生活基盤が東京にあると認められた人には都の参政権が付与されるわけですよね。もちろん納豆大嫌いで大阪弁コテコテの関西人であっても。その時に仮に「本籍地を東京に変更して大阪とのつながりを全部捨てろ!もちろん大阪弁も禁止。そうでないと地方参政権やんない。」って東京の人に言われたら私ならものすごく理不尽に感じるのだけど。「地方参政権が欲しけりゃ国籍を変えて父祖より続いた姓も日本風に変えろ、”日本文化”に合わせろ。」っていうのはそういうことじゃないの?自分が住んでるところが住み良くなるように願う気持ちと自分がアイデンティティを感じる属性にはなんの関係もないと思うのだけど。わたしはどこに移り住もうと「大阪人」としてのアイデンティティを捨てることはたぶんできないけど、それって別に大阪という自治体に忠誠を誓ってるからじゃないし。 そもそも”国籍”なんてただ母親のあそこから出てきたとこが偶然そこだったというだけで自分が頑張って得たものでもないのになんであんなにイバれるのかさっぱりわからないのだが。あなたもわたしも偶然ここに居合わせただけなのに。本当にさっぱりわからんのです。 #
by sivaprod
| 2010-03-09 07:26
| ポリティック
ジョン・キャメロン・ミッチェル(以下JCM)の「ショートバス」を観た。出演条件が「カメラの前でセックスの出来る人」というほどに”過激”なセックス描写(冒頭にいきなり全裸でセルフフェラチオに挑戦して射精する青年が出てきたりする。)で話題になった2006年封切りの映画。
素晴らしかった! 未だオーガズムを経験したことがないことに悩む恋愛カウンセラーとその夫。パートナー以外との公認セックスを模索するゲイのカップル。彼ら二人ともがいい奴と感じてる美青年。彼らゲイカップルの関係を至高のものと感じ憧れてストーキングする男。冷笑しか出来ないSMの女王様。そんな7人のニューヨーカーたちの、ショートバス(ハンディを持つ子どもたちのための通学バス)という名前のフリー・サロンを巡っての物語。 涙がダバダバ出るくらい感動したのだけど、ゲイの男性が三人で輪になってお互いにフェラチオに興じたり(”巴寝”ですな)肛門に口をつけてアメリカ国家を歌ったり女王様に足の裏を鞭でビシビシしてもらいながらオナニーしたりとかのシーン(それもフリではなく全部実際にしてる)がバンバン出てくるので、これはJCMが投げかけたことを受け止める前に嫌悪感が先立つ人もいるんじゃないだろうかとレビューサイトを眺めてみたら。 意外にも嫌悪感を表してる人はそんなに多くなくて。なんだかこの国も割合いいとこじゃん、なんて思ったりした(といっても肯定的なレビューを書いてる人の多くは女性なんだけどね)。で面白かったのが多くの人が日本版公式サイトの「みんな誰かとつながってる あなたはひとりじゃない」ってキャッチ(これたぶんJCMは関わってないと思う)と同じような感想を書いてたことかな。確かにわたしも映画を見終わって感動しつつとても暖かい気持ちになったのだけど、でも前作でプラトンのいう片割れを探すヘドウィグを索漠とした夜の街に裸で独り歩み出させたJCMがそんなベタな映画を作るかなあ、と思ったのですね。で私の感じた感動はなんだったんだろうとよーく考えてみた。 前半では愛する対象がありながらも孤独を感じてる人々がラストでは全員がショートバスに集まって隣にいるひとと抱き合い孤独が癒されたかのように見えるしつらえになってるのです。でもその直前のシーンではそれぞれが決定的に独りになってしまってる。あるいは独りにさせられる。あんなに愛し合ってたはずのカップルが通りを隔てた窓を通じて言葉も交わさず哀しげに微笑みあってる。そう、物語の始まりで孤独だった人々は孤独なまま物語を終えたのではないかと感じたのです。でそこが素晴らしいなあと。同じ孤独でも物語の始まりと終りでは決定的に違ったんじゃないかって。でセックスって時として人に孤独というものを突きつけるものでもあるのではないかって。 孤独は怖い。誰しもできれば孤独でいたくない。その孤独を引き受けること。自分が独りであることを引き受けてその上で誰かとつながること。それが物語の始まりと終りでの彼らの違いなのかなあと。ショートバスのオーナーが「人は臨終の床で気付く 心の悪魔こそ最良の友と」と歌い、それに合わせて沢山の”独り”たちが抱き合い歌い踊るラストシーンはわたしにとって身震いするほど感動的でした。もちろん映画から受け取るものって人それぞれその人だけのものだから何が正解なんてないし私の見方も大いなる勘違いかも知れないけどそこはそれ。それにしてもスーザフォンやチューバのブカブカした音ってなんでこんなに切なく聴こえるんだろうね。 余談ながら性器を隠すためのボカシってほんとバカバカしいよねえ。オリジナル版も見たけどボカシ入ってる方がよっぽど”ワイセツ”でした。 #
by sivaprod
| 2010-03-02 08:45
| 観る
少し昔の話になるけど「進め!電波少年」というテレビ番組があった。その番組の中で”日本の若者と香港の若者を二人きりで見ず知らずの土地に放り出したら彼らのコミュニケーションの形はどう変化していくか”という趣旨の企画があり、私も時々チャンネルを合わせては若者たちのやりとりを楽しんでいたのだが、番組を楽しみながらも「どうせマッチングするなら”極右青年と中国人青年”とか”男根主義者とフェミニスト”みたいにもっと価値観が対立するような組み合わせにすればさらに面白くなるのに。」と少々もどかしくも思っていたのだった。
同じようなことを考える人はいるもので。 ”30日間マクドナルド製品だけ食べて暮らしたらどうなるか”という映画「スーパー・サイズ・ミー」で一躍有名になったモーガン・スパーロックが手がけたアメリカのテレビ番組「30 days(30日間)」。たとえば「同性愛を罪悪と考える保守的なクリスチャンの若者がゲイと30日間暮らしたらどうなるか」「大量消費享受者がエコライフ実践グループの中で30日間暮らしたらどうなるか」等々。どうです、面白そうでしょう? これまでにシリーズ1,シリーズ2を通じて12エピソード出ていてレンタルでも見つかったので早速借りて見てみた。 「不法移民阻止を唱える自警団員が不法移民家族と30日間暮らしたらどうなるか」。 メキシコからの不法移民はアメリカ市民の雇用を奪い果ては国家のアイデンティティを揺るがす許されざる存在と考え武器を持ってボランティアで国境警備をする男フランク。この強固な不法移民排斥論の持ち主が不法移民家族が住む狭い家に30日間居候をする。彼がこの番組に出演する気になったのはテレビを通じて自分の考えが正しいことを視聴者に伝えたいがため。それゆえその家族の住む家に赴く彼の表情はこわばっているし迎える家族の方も全員警戒心丸出し。 着いて早々不法入国がいかに不当であるかの演説を始めるフランク。一家の中では最も彼に敵意を抱く娘がそれに激しい調子で反論する。その険悪な雰囲気にも関わらず彼はその家で飯を食い同じ部屋で眠らなければならない。いやもう見ている方は気まずいことこの上なし。娘の卒業を祝う宴会の席でも不法移民に理解を示す高校教師と唾を飛ばしテーブルを叩いて大激論、せっかくのお祝いの雰囲気もぶち壊し。あるいは娘に誘われ見物に行った不法移民厳罰化反対デモでメキシコの国旗やゲバラの肖像が掲げられるのを見て「これじゃまるで革命じゃないか!」と呆れ返る。 見ているとわかるのだがこの男フランクはいたって誠実で真面目な人物なのだ。彼自身合法的といえどもやはり移民の出身で、この家族がおかれてる悲惨な生活を同情の目を持って眺めているし、見下した接し方をしているわけでもない。それどころか共に日々を過ごすにつれ移民家族たちを友人として感じるようになってくる。それでもどうしても”違法”であることが許せない。彼の人柄を知るようになった家族たちも彼のことを「いい人だけど分かり合えっこない」と絶望する。 さて彼らはたった30日間で分かり合えるのか? 結末が気になる方は大きめのレンタルショップならあると思うのでぜひ。ちなみにシリーズ内容は次の通りです。 第1巻 「法定最低賃金だけで30日間」 「アンチエイジングを30日間」 第2巻 「イスラム修行を30日間」 「ゲイと一緒に30日間」 第3巻 「自給自足で30日間」 「酒浸りで30日間」 セカンドシリーズ第1巻 「刑務所で30日間」 「不法移民と30日間」 セカンドシリーズ第2巻 「アウトソーシングを30日間」 「人工中絶論争を30日間」 セカンドシリーズ第3巻 「無神論者と30日間」 「ニューエイジ体験を30日間」 #
by sivaprod
| 2010-02-17 04:31
| 観る
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