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背の低い人が背の高い人に棚の上の物をとってもらうこと。
瓶の蓋が開かないときに握力の強い人にあけて貰うこと。 よくある光景。 して貰った方が軽い感謝を贈り、した方がそれを軽く受け取る。いちいち「して貰うグループ」と「してやるグループ」に分けて考えたりしない。 誰も背の低い人に「少しでも高いところに届くようになれ」って言わないし、握力の弱い人に「もっと握力をつける努力をしろ」なんて言わない。 同じように、重いハンディを持つ人の「高いところにあるもの」や「固くて開かない蓋」を社会が代わりに取ったり開いたりする。 して貰った方が軽い感謝を贈り、した方がそれを軽く受け取る。 それで充分なはずなんだけど。 ハンディを持つ人が”頑張る”とニュースになる。ハンディを持つ人が”頑張る”姿を見て感動する。よくある風景。 でもそれっていつも心のどこかが少しだけ後ろめたい。 ハンディを持つ人がハンディの無い人と同じ事が出来る姿、あるいはそれ以上のことが出来る姿に感動する。 それって”名誉健常者入り”の拍手に見える時がある私はすごくひねくれた奴なんだろう。 ハンディがあろうがなかろうが、いい奴はいい奴でいやな奴はいやな奴。 すごい奴にはただ「おまえ、すごいよ!」って拍手すればいい。 感動なんてしたくない。
by sivaprod
| 2008-03-24 04:39
| よしなしごと
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