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以前から社会での出来事について人々はどんな感想を抱いてるのかなとSNSのニュースコメントやいろんなブログを覗くたびに劣情あふれる物言いの氾濫にドンヨリした気分になってたのだが、昨今そういう劣情がネットにとどまらず街にまで溢れ出してるのを見るにつけ、またそういう人々とのやりとりの不毛さを思い知らされるにつけ、気力体力が消耗してここんとこブログエントリのアップがいささか途絶えてしまってた。それでももしかしたらひとりかふたりでもなにかを考えるきっかけにしてくれるかもしれないという希望を持つために、また自分自身の逃げ道をほんのわずかかも知れないがふさいでおくためにもやっぱり少しずつでも何か書いていこう。
ということで今ネットで話題沸騰の産経新聞での曾野綾子の文章(全文はこちらで読んでみていただきたい)。要はこれまで何度も繰り返されてきた「性犯罪被害は被害者にも責任があるよ」論。でまたまたこれまで何度も繰り返されてきた論争がネットのあちこちで繰り広げられていて。 まあ曾野綾子の駄文やそれに賛同するクソブロガー達の文章の酷さは論外だけど、ともすれば私の友人知人からだって「女性が肌を露出した格好で夜道を出歩いたりするのを控えるように喚起するのは正論だろ?」あるいは「扇情的な服装でガラの悪いとこ歩いて襲われるのは大金むき出しでガラの悪いとこ歩いて襲われるのと一緒じゃん?それを注意してどこが悪いわけ?」な賛同意見が出そうなのは想像に難くないし、ヘタすりゃ多数意見かも知れない。さらに恥を承知で言えばわたしだって一瞬そういう意見にクラっとするかもしれない。 でもね。もしかしてこれを読んでくれてるかもしれない”オトコ”たちに。 性犯罪の被害にあった人も含めて女性はほぼすべて物心ついた時から「夜道に気をつけろ」「寂しい場所を歩く時は気をつけろ」って言われ続けてきてるし、ほぼすべての女性は夜道や寂しい場所を歩くことを極力避けて、そしてやむを得ず歩かなければならない時は怯えて歩いてるのだよね(もっとも、強姦などの性犯罪が一番多く起きるのは夜道や寂しい場所じゃなかったりするのだが)。でその上でいざ性犯罪の被害にあった時には多くの場合告発をためらわざるを得ないということの理不尽さが私たち”オトコ”にわかるかい?私たち”オトコ”がガラの悪いとこ歩いてて暴漢に襲われたら胸張って(?)警察で被害を訴えるよな。多分周りの人々にも悔しさを吹聴出来るはずだ。 それでもわからないならこう言い換えたらどうだろう。 KKKみたいな奴らがスキあれば黒人をリンチしようと狙ってるような国で。夜道でKKKに襲われた黒人に「そんな黒人的な特徴をむき出しで夜道を歩くからいけないんだ。」「黒人は夜道を出歩かないようにしよう。」って白人が言う。 あるいはチマチョゴリを着て歩いてる在日朝鮮人の少女に差別的な暴言を吐く日本人がいる社会で。「チョーセン人は出て行け!」と暴言を吐かれて泣いている少女に「そんな服着て日本人のいるところを出歩くからいけないんだ。」と説教する日本人。 どちらも暴力を振るわれる確率を低くするためには有効なアドバイスかもしれない。でもわたしたちそれでいいのかな? 追記: 今回のエントリにおいて少数者に取って不快に感じられる表現があるとのメッセージをいただきました。男女の問題を取り上げるのに在日の少女が暴力を振るわれる例えを使う必要があるのかということです。 わたしはこの社会では多くの面で多数者のひとりです。ヘテロ男性でありまた在日外国人でも被差別部落出身者でもありません。 そういう立ち位置の人間が抑圧を受けている少数者のことに言及することにジレンマを感じることが多々あります。お節介で傲慢なことと受け止められるかもしれない、という。 それでもわたしは多数者としてしか同じ多数者の人々に声をかけることしかできません。多数者が「当たり前」と思ってることが実は少数者を抑圧してることではないかとわずかでも疑問を持ってもらえるように。それは少数者が可哀相だから、というのではなく、自分が他者からの抑圧を受けることがわずかでも少なくなって欲しい、楽に生きて行きたい、ということにつながると思ってるからです。 ですのでこれからも「あなた方が当たり前と思ってることは別の面から見れば当たり前じゃないこともあるよ。」ということが少しでも伝わるように書き続けていきたいと思っているし、また指摘された表現はこのエントリで呼びかけた人々(自分が抑圧者であることに無自覚な”オトコ”たち)に伝えるには必要な表現だったと思っています。そしてまた私の表現が多数者の無自覚さ傲慢さをも併せ持ち少数者が傷つく可能性もあることを忘れないでいたいと思います。
タイトル : 性犯罪を容認する発言を許す産経新聞へ抗議しました
11/25 水曜日、産経新聞の「オピニオン」という記事で、曽野綾子氏がとんでもないことを発言しています。 文章全体が、あまりに非論理的で、つっこみどころが満載なのですが、 曽野綾子氏、ノック事件から10年、全く認識が変わっていないようです。 ノック事件のときは、...more
タイトル : 君だけは君を見捨てないで。
あなたの価値は誰が決めているのでしょうか? 他のだれでもない、あなた自身なんです。 あなたが、あなた自身を見捨ててしまわない限り、あなたの価値そのものが損なわれる事はないのです。 孤独になるのが怖いのでしょうか? 当然です、それが“人間”と言うもの...more 「劣情あふれる物言い」をする人たちの文章は私もブログやらSNSやらでたまに目にしますが、およそ「面白い」と思えるものに出会ったことがありません。 本気で中韓排斥を訴えたり女性差別を助長したりするのなら、まず読んで「面白い」と思わせる文章でなければ駄目です。そしてそれは(是非はともかく)、少なくとも表現技術の上では可能なはずなのですが。どうも根底にhateを置いている人の表現は、ユーモアやエスプリのセンスが致命的に欠けるみたいです。 人間は総じて「大したものではない」ではないのですから、何ごとかを批判するときは「まあ俺もあんまり偉そうなことはいえないけどさあ」みたいな感覚・含羞はやはり持っていないといけない。このあたりはむしろオールド・スタイルの左翼のほうがずっと柔軟性に富んでいるように思う。 現代日本の国士様たちは、どうしてあんなに自信満々なんでしょうね。 曾野綾子さんの文、一部読みました 私は大学に受かって通うため、大阪で一人暮らしを始めた5月にマンションの自室に男性に侵入され、スタンガンを体に押し付けられて火傷しました 結果的には強姦致傷と呼ばれる、性犯罪の被害にあったことになります 被害直後まず感じたのは、シンプルにショックと自分が部屋の鍵をかけ忘れたことに対する罪悪感でした 実家はすごく田舎で自分で鍵をかける習慣はまだ身についてなかったものの、母からは何度も鍵掛けや洗濯物についてなど自己管理を徹底するよう言われていたので だから警察の人に話した時もまず、自分が鍵をかけなかったからご迷惑かけてすいませんと言いました でもそこで、警察官の人が、たとえ真夜中に裸で歩いていたとしても被害にあったことについてあなたには何の責任もありませんよ と言われたことがすごく印象的で少しだけ気持ちが落ち着いたのを憶えています ↓つづき この後授業などで性犯罪被害のことなど勉強しましたが、1つ1つの意見にいちいち強く気持ちが揺さぶられ、ひどく疲れるため論理的に意見を組み立てられずかといって経験上いい加減なことは言えずそういう問題に取り組むことから離れていました しかし今回sivaさんのブログで曾野さんの文を読んで、やっぱり逃げられないな、と思いました iいつも色々な考えるきっかけを与えて下さって有難うございます”オトコ”に、という言葉も、 こういう問題は、女性だけが考えれば良いというのは違うと、多くの男性にも自分の立場で、一緒に考えてほしいなと感じているので勇気付けられました 関連して。私は映画鑑賞が趣味ですが、性犯罪被害を扱った映画で初めて観たのは小学生のとき深夜観た「告発の行方」でした 衝撃的で印象に残っています また時間があれば観返してみようかと >神保町さん 「劣情あふれる物言い」をする人たちの文章ってプロの物書きを含めてなんであんなにおしなべて日本語の扱いが粗雑なんでしょう。石原慎太郎なぞ小説家とはとても言えないくらい言葉というものに無神経ですし。さらに笑わせてるつもりの文章であったとしてもちっとも笑えないですよね。 あとMIXIとかIZAとかででウヨクなこと吐き散らしてる御仁って結構高い確率で萌え系アイコン使ってたりすんだけどなんでだろ?内なる偏見が頭をもたげるのを押さえつけるのに必死になってしまいます。 >くろさん >警察官の人が、たとえ真夜中に裸で歩いていたとしても被害にあったことについてあなたには何の責任もありませんよ と言われた 恥ずかしい話ですがほっとしてちょっと涙が出そうになりましたよ。そのお巡りさんは当然の応対をしただけでしょうがそれが当然とならないんですよね。 なんつか、ネットてリアルでは言えないことも言えてしまう力が働く場所だと思うのですが、それだけに自分の中にある劣情を具体的な形にして見せつけらてるようでとても消耗してしまいます。だからちとそういうのから目を離すようにしてたのですが、やっぱしっかり直視せんとイカンと思い直しつつもダークフォースに囚われないようにするのにえらいエネルギーが...。 こういう状況を目にするとつくづく教育の力って重要だと思います。性教育を圧殺しようとする力は相変わらずですが、それでもちょっとずつでも前に進んでるとは思うので少しでもそれがサポートできるようにこういうとこででもぼそぼそインネンつけていこうと思っています。 ごぶさたです。曾野綾子、私も気になってたので一言。こういうのが新聞に載って、おっちゃんたちが「そうだよなー、最近の子達は用心が足りん」とモーニング食べながら読んだりするんだろうな。と思いました。一見正論っぽいですから。恐っ。 以前勤めていた会社の人達だと、九割、この記事を上記のごとく読み流すだろうなー。なんて思いつつ。 ネット社会でも賛同派がいるという事は若い世代でもまだまだそういう風潮なのか。。と思ってしまいますが、別にこっちは「夜道を一人で歩きなさい」と言ってる訳ではないのですけどね。 >satomibbさん こちらこそご無沙汰です! でぷにぷに化は順調に進んでるでしょうか。 >一見正論っぽい わたしもともすれば女性だけが夜道を歩くのに気をつけなさいと言われることに違和感を持たない瞬間があります。でも女性だけが歩きたい時に夜道を歩くことを我慢をし続けてこれからも我慢をし続けなけりゃならない理由なんてどこにもないんですよね。 なんつか、文明の進歩つうのは多数者のヤセガマンによって得られるのではないかと思ったりします。 特に不快感感じないとある在日韓国人です。 昔の話になりますがチマチョゴリ切り裂き事件があった時に、体操服に替えるという自衛がありました。 その中でも毅然とチョゴリで登校する子はいたそうです。 当時思ったことが2つあります。 彼女の覚悟への敬意と、その覚悟を強要しちゃいけないという点です。 常識的に考えると暴漢に立ち向かえる腕力もないであろう女子学生の身で、ある意味愚かしくも差別に立ち向かおうという、その健気な覚悟。 つまらない意地で馬鹿をやっていると貶すのは簡単だけど、その子の立場とすれば民族の象徴として選んだ衣装、それを貶したら人として終わりでしょう。 ただ、それを讃えるあまり、他の子に同じ覚悟を強要するような空気を作ってはいけないとも思いました。私が守ってあげれるわけではないし、リスクを子供に背負わせては酷い話だと。自衛も正しいでしょう。 どちらが正しいとは言えません 差別が間違っているんです。スタートが間違っているのに正しいゴールを見つけれるとは思いません。 正しい道を選びたいなら、まず原因である差別の解消に努める以外にはないはずです。 制限されたので分割。その2です。 一連の騒動で自衛を勧める人は、「そうだ、女にリスクを背負わせないために自分たちは自衛を主張するんだ」と読むかも知れません。 私は彼らに悪意があるとは思いません。 ただ、その人々の中の誰もその差別を解消する方向には向いていないのが残念です。 被害に遭い抑圧されている当事者以上に問題を考える他人なんて滅多にいません。 その抑圧されている人の意思を尊重せずに、「正しい答え」を押しつけようとしている時点で、その抑圧に加担していることを自覚して欲しいです。 無自覚にそういう状況に組み込まれていることこそが、差別問題の難しさではあるのですが。 また、最も醜悪なのは、被害から毅然と立ち直ろうとしている人のところへ出向き、その覚悟を貶めようとしている連中ですね。 自分たちこそが被害者だと思いこんでいるのを目にして憐れみさえ感じます。 病的な被害妄想を持つという点でマイノリティと言えばそうなのかも知れませんけれど。 sivaprodさんの文章を読んで思ったのをつらつら書いただけのため、とりとめなくてすみません。 ただ道を歩いていただけで、在日を含む朝鮮人に拉致された日本人がいるのだけど、しかもそいつらは、未だに何の謝罪もしていないのだけど(彼らは「第二次大戦で日本政府は謝罪してない」といっているので、私は北の将軍の謝罪は認めない立場)それは無視? そもそも、そのチマチョゴリ切り裂き事件は拉致問題が発端となっているのだけど、それは無視? 劣情あふれる物言いって左翼の連中もやってますね。憲法改正を唱える人間を一括してひっくるめて「ネット右翼」「軍国主義者」とかいって。 性暴力の被害者は、特に若年被害者は、加害者=支配者の構図が出来上がっているケースが多い。 力のあるものに押さえられた弱者は抵抗することも出来ず、罪悪感と自分への幻滅感に一生さいなまれ続け、自分を否定して生きる。 ある意味、魂の殺人だとおもう。 >yunさん コメントありがとうございます。 仰る通り、覚悟への敬意とその覚悟を強要することは全然別のことだと思います。あるコミュニティの中にはそれがマイノリティマジョリティに関わらず同調圧力が働きやすいものですよね。 >彼らに悪意があるとは思いません。 いっそ悪意があればまだ対処しやすいでしょうね。自分の善意を信じ込んでいてそれが他者への抑圧になっているということに想像が働かないところが怖いのです。わたしはある面においては少数者であるわけですが、他者の全くの”善意”で言ってくれる忠告に傷つくことも少なくありません。「私がそれをしないことによってあなたの人生の何を阻害するのでしょうか?」と聞いた時の答えは概ね「そういうもんだから」「常識だから」。 今もあちこちで続くセカンドレイプも同然の物言いのあれこれ、この問題においてマジョリティにあるわたしでさえ吐き気を催すようなものもあり本当に見ていられません。普段そういうことを考えてこなかった人が少しでも何かを考えるきっかけになればいいとは思いつつもやや絶望的な気分になっています。 >ATMさん わたしのこのエントリに反感を持たれた、ということは北朝鮮による拉致被害者には非難されるべき落ち度があるとお考えになっているのですね。残念です。 >tsumugiさん 性被害に遭った人に対して「自転車の鍵をかけなかったら盗まれた人にも落ち度があると言ってなにが悪いわけ?」な吐き気をもよおすような言葉が飛び交っているんだけど、その後の人生も一変しかねない犯罪の被害を受けた人が被害を告発することにをためらわせ、自分を責め続けることを強要(まさに強要です)される犯罪が他にあるかどうかに思いを馳せて欲しいよな...。 もうずっと以前から思うのですが、被害者にも非があった説を支持する人って、自分は絶対に被害者側にならないという前提でものを考えるんですよね。いつか自分も被害者になるかもしれない、という想像力に欠けるわけです。 たとえば、レイプ被害にしても日本の男性がここまで想像力に欠けるのは、自分は絶対に被害者側になることはないという根拠のない思い込みから来ています。欧米など、男性も集団レイプに合うような社会では、男性にとってレイプは他人事ではありません。 あと、これには日本人特有の嫉妬の構造も根深くからんでいるように思います。拉致被害者が帰国後国家から補償を受けたり、冤罪で十数年間投獄されていた人が晴れて無罪になり、その補償を国家に求めたりすると必ず出てくるのがそれに対する非難を含んだ感情です。なぜ彼らをそこまで優遇するのか、簡単に仕事を与えられ住む場所までもらってずるい、というような意見です。 これらの感情は、私はマイノリティーに対する感情と紙一重だと思っています。この怨念にも似た粘着質な感情は本当に怖いと思いますね。 曾野綾子という人は、南アのアパルトヘイトを、黒人と白人の間には能力的に激しい差があるのだから、その差を正当に評価するのは当然で、むしろ公平なことなのだと現地にまで乗り込んで言い放った、世にも勇敢なオバサンなのです。いうまでもなくこのオバサンのいう能力とは、識字率など、教育によって得られる能力のことであります。 だからといってワタクシは、肝腎なところではことごとくこのように寸断された回路になっているこのオバサンの思考能力をワタクシが差別するということは、ワタクシは、同じ穴のムジナになってしまいますとワタクシは思うのであります。だからワタクシは、このオバサンを憐れみはしても、差別はよくないです。 ところで、子供を産む能力を失ったババアは有害なだけだと語ったあのジジイにこのオバサンが何のアヤも付けていないということは、自分にはまだその能力があると思っているからとしか。。。 いっそのことお二人でフリンをして、その証拠をお見せしてくれたらいいのにね。どんなモンスターが生まれてくるのやら。 (いつもはとても品のいいワタクシなのに、ナゼかここではとてもオゲヒンになってしまいました。イカン、イカン。) >ゆみさん 「被害者にも非がある」ということをよりによって性犯罪被害者であることを表明してる女性のブログに殺到して述べ立てていく”オトコ”たちのグロテスクさにはほとほと情けなくなります。彼らは強姦が親告罪であることの意味(強姦が親告罪であることの是非は別にして)がわかっているのでしょうか。強姦された方(暴力を振るわれた方)がなぜ自殺に追い込まれることまで起きるのか考えたことがあるのでしょうか。 >日本人特有の嫉妬の構造 わたしはこの国以外で暮らしたことがないので日本人特有かどうかはわかりませんが、乙武さんが”可愛げのある”障害者だったときとテレビ局の仕事を始め綺麗な女性と結婚を表明したあとのネットでの反応の違いはなんとも象徴的でした。女性や障害者や在日外国人の権利が拡大することは自分たちの自由も拡大することだと思うのですが。逆に少数者の権利が制限される社会は少数者以外の権利も容易に制限されかねない社会だと思うんですけどね。 >argonさん あは!ありがとうございます。肩の力が抜けました。でもアホ芸が板についてないですぞw。 しかし曾野綾子南アフリカでそんなこと言いましたか。よう袋叩きにあわんかったこっちゃですが現地の人もバカ負けしたんですかね。 SIVAさん。
>でもアホ芸が板についてないですぞw。 もっと修行します。ここでならがむばれそうです。
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