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「”オバサンとセックスしたい”って叫びが絶筆になるのは情けないからとりあえず更新しろ。」と友人から電話が入った。いや、わたしが「オバサンとセックスしたい」って言ってるんじゃなくて「オバサンだってセックスしたい」って本の感想なんですけど。
震災のあと色々な人が色々なことを言うのを読んだり聞いたりした。自らの境遇をかえりみず助けあう人々の姿の美しさについて。立ち上がれないほどの打撃を受けても立ち上がろうとする人々の力強さについて。危険な現場に飛びこむ人々の勇敢さについて。見ず知らずの人々に手を差し伸べてくれる世界中の人々への感謝について。 また、色々な人が色々なことを言うのを読んだり聞いたりした。この事態を招いた原発なるものへの”信頼”をいまだに説く人。”外国人”の排除を説く人。被曝者の排除を説く人。 私にはこの国の人々がさっぱりわからない。弱く哀しい者への慈愛を示す同じ人々が弱く哀しい者を虐げる者を圧倒的に支持する姿が。どうやってそれを両立させ得ているのかさっぱりわからないのだ。 たくさんの人々が「日本はこれで変わるだろう、変わらざるを得ないだろう。」と言うのを聞いた。 変わったのだろうか?川崎やつくばで起きた事は?あるいはこれから変わるのだろうか?
妙齢の美女に耳元でそう囁かれて口説かれたワケでは残念ながらなくて。こういうタイトルの岩井志麻子さんのエッセイ本を読んだんです。でこれがバツグンに面白かったのだった。「あってはならないと思われているオバサンの性欲」という章から始まる「ふつーのオバサンがセックスを楽しむ相手をゲットするには」なあれこれ。”熟女”じゃなくて”オバサン”ですよ?面白そうでしょう?
若い頃は「中高年のセックス」なんて考えたくもないというかそんなものが実在するのか?なシロモノだったのだけど、もはや私自身が青少年から見れば「あんなオッサンオバハンらのセックスライフなぞ考えるだけでグロテスク」と思われるであろう歳となってしまった今、同じような世代のオッサンオバハン達のセックスライフってのは私にとって結構謎ってか関心事なんですよ。身近なオッサンオバハンたちとよく話すのが「精神的成長が高校くらいで止まってるにも関わらず肉体的にはオッサンオバハンになってることの非情さについて」だったりして、そういうのってセックスライフにおいて大きく影を落とすような気がするのだけど、みんなそのへんのギャップとどう付き合ってるのか。 もっとも自分をも含めて周囲を観察してみるに、大半のオッサンオバハンは自分がオッサンオバハンであるがゆえにもはやセックスを諦めてるか、あるいは逆に自分がオッサンオバハンであることを見ないふりしてセックスを求めるかどちらかのようで、前者はモッタイナイし後者は痛々しい。この本はそういうオッサンオバハンに「オッサンオバハンであるがままモテる」ためのよき指針を示してくれるかもしれません。 戯言はともかく「オバサンだってセックスしたい」は読み物としてもめちゃくちゃ面白くって、中でも 「ていうか母ちゃん、はっきり言ってあの時の声が大きいよ。ぼく、隣の部屋で聞いててつらいんだよー。オナニーしているときに母ちゃんの声を聞くとなえる」 って著者の息子がボヤく話で大爆笑してしまったのだけど、いやいい親子だよねえ。
まあ中古好きっていうのはわたしが吝嗇であるがゆえという点も決して否定出来ないのだが。いいカッコ言わせてもらえば、古いモノを選んでしまうのはモノを作った人々の「どや顔」を受け止めたいからなんですよね。
「どや!この出来栄えは!」とか「どや!この部分の構造の妙は!」って顔を製品を通して感じたい。もちろん現行の製品であってもそういう表情が感じられるモノはたくさんあるのだけど、やはりどうしても現在のシビアなビジネス環境ではオーバークォリティが許されにくい。マーケティングなるものを突き破る熱情をモノを作る人々が維持しにくい空気が漂ってるわけで。”色気”と”節約”を両立させるのは至難の技なのです。 デザイナーであるわたしは出来得る限り「どや!」っと得意顔ができるような仕事を心がけてはいるのですが、プラベートな領域ではどうしたってまだモノ作りの現場に余裕のあった時代に作られたモノ、モノづくりの構造が転換される前の時代のモノを選んでしまうのです。 下の写真は年末に組んだ90年代のパナソニック「レ・マイヨ」。ツール・ド・フランスで日本のフレームメーカーとして初めてマイヨ・ジョーヌを獲得した大阪のオッサンたちの「どや!」があちこちから顔を出しています。 追記:Sさん、アウターローは見なかったことにして...。
年末についつい買わずとも良い古いロードバイクを購入しせずともよいレストアをしてしまったのでこれで部屋にある自転車は4台になってしまった。自分のでないものも合わせてここ一年で10台以上古い自転車をレストアしてる。私はいったいなにをやっているのだ。
同好の士ならわかっていただけると思うが、わたしは動かなかったものが動いたり汚れていたものがキレイになったりすると得も言えぬ快感を覚える性癖の持ち主である(小学生のころは誰にも頼まれもせぬのに学校中の掃除道具を手入れしたり修理したりしてまわった)。そういう性癖の持ち主が生活や趣味の道具を購入する基準は当然の如く「いかにその道具の深い階層にアクセスできるか?」となりできるだけシンプルでマニュアル操作が可能なものを選ぶようになる。手入れや修理を楽しめるように、というワケの分からない購買動機である。それだけで留まっていればいいのだが、その病が高じると今度は手入れや修理することが目的となり、そういうことが当分必要のない新品を購入するのが物足りなくなる。 で困ったことに現代ではリサイクル店やネットオークションにて「手入れや修理を楽しめる」ステキなアレコレがいくらでも手に入る。さらに困ったことに今では手入れや修理に必要な情報は大概のものがネットを介して入手することができる。これでは「お手入れ&修理フェチ」にブレーキがかからないではないか。 かくて銀塩カメラは100台以上、ギターやウクレレが数十本、モーターサイクルも十数台、私の元に蝟集しては去っていった。それでもどうしたって全てを常用出来ないような数のカメラやギターやモーターサイクルとそれらに関連するパーツ類や専用工具が手元に残っている(マイクロフライス盤まで買ってしまってるし…)。その上に自転車を「お手入れ&修理フェチ」の対象にしてどうしようというのか。 これも同好の士ならわかっていただけると思うが、そうやって気兼ねなく手入れや修理を楽しめる中古品とそれを手入れや修理するための道具や資材を購入した金額を積算すると、その趣味の分野にてかなり上位に位置するモノが新品で買えたりするのに気がついて暗然とする日がかならずやってくるのだ。自転車も遠からずそうなる日が来てしまうに違いない。 年齢を考えるとモノが増えるばかりのこういう趣味もそろそろ手仕舞いを考えなければ、と一生懸命自制心を働かせようとするも、サビだらけ汚れだらけであったものが燦然と輝きあたかも「蘇らせてくれてくれてありがとう!」とこちらを見て微笑んででもいるかのような鉄やアルミや木材を撫でさする悦楽というものからは逃れられそうもない。 ああ、どなたか。心置きなくサビ落としやバフ掛けできるジャンクをわたしにお与えください! ![]()
今年も残り僅か、お世話になった方々にはお礼を申し上げます。2010年はあなたにとって良い年だったでしょうか。
でわたしの2010年はというと自転車という乗り物にまみれた年でした。 オートバイで峠に向かってると汗とヨダレにまみれ坂を登る自転車乗りを追い越すことが多々あり、その度に「こいつらなんでわざわざそんなしんどいことを。アホちゃうか…。」と感心しつつ呆れていたのですが、まさか自分が同じ姿を自ら進んで路上にさらすことになるとは。それもブロックタイヤを履いたMTBでもって。 はるか昔、フィットネス自転車なるものが流行った時にミーハーな私も当時かろうじて手の届くアルミフレームの自転車(アルミフレームがステイタスだったのです)だったブリジストンのレイダックというバイクを購入し通勤バイカーと洒落てはみたものの、ペダルを踏む楽しみを見出すより先に段差だらけ信号だらけの通勤路を始業時間に間に合うように必死で漕ぐことが苦痛で早々にレイダックは売り払ったのでした。 それから幾星霜、それまでなら考えもしなかった「自転車で峠を越える」ということに挑戦したくなったのは、実はオートバイ乗りとして自転車乗りに微妙なコンプレックスをずっと抱えていて、とりあえずその落とし前だけはつけておこうと思ったからなのでした。乗り物間ヒエラルキーとでも申しましょうか、乗り物に勝手に「エライ・エラくない」順位を付けてしまうという邪な心を持っている乗り物趣味者は私だけではないと思うのだけど、私の場合「路上の王」は自転車だったわけです。それも路上で一番「自由」なのはパツパツのレーサーパンツを履いて水すましみたいに走るロードバイクではなくツーリング自転車であると(ちなみに私の中でオートバイで一番エライのはテントと寝袋を積んだトライアル車。自動車ならスーパーセブン)。 とりあえずこれまでオートバイで越えた一番高い峠はクリアしておかなければ、とかなり悲壮な覚悟で出かけた信州への輪行ツーリング。これでやられてしまいました。たしかに汗とヨダレと筋肉痛にまみれた悲惨な旅ではあったのだけど、それよりもこんな自由な乗り物があったのかと。オートバイや自動車でロングツーリングに出る時の「ガス欠や故障で立ち往生する心配」「おまわりさんに切符切られる心配」などのごくわずかではあるけど心から離れない「どよん…」から解放されるのはただごとではない爽快さ。自転車ならたとえ走行不能になろうともバラして袋に入れれば一緒に帰って来られるのだから。 そして工具箱ひとつあればほぼ全ての不具合が自分で直せるということの自由。ブラックボックスが無い自由。最小単位にバラバラになったパーツからでも自分で組み上げてしまえる自由。 汗やヨダレにまみれたり自分で修理したり、というシンドイことをもって「自由」になるというのはなんだか矛盾してるようだけど、「自由」というのは「選択できる」っていうことではないのかな、楽チンになるということはある面「自由」を売り渡すということではないのかな、と自転車に乗って実感したのでありました。
実家に帰るたびにオカンとかが「それゆうてもなんも事態は解決せんやろ!」なことを脊髄反射で口に出すので閉口するのだが、ニュースで見聞きする政治家たちやマスメディアでの論客(?)たちの物言いがなんだかみんなそんな感じで憂鬱になる一方だ。
そのままにしてていいんだろうかなあ。 中でも総理大臣が「気に食わん奴らは差別してもよろしい。」みたいな事言ったにも関わらず大した反対もなく、というかそういう発言を是としてる人が多いようだけど、ホントにいいんだろうかなあ。 「朝鮮学校では反日(ってなんだ?)教育をしてる!」「金親子を崇拝させてる!」とかやたらわめき立てる人々の姿が目につくんだけど、そういうことわめいてるひとのうち何人が実際に朝鮮学校の授業を見て朝鮮学校の生徒たちと話したことがあるんだろうね。もしかしたら日本の文科省の指導要領に沿った授業してることも知らないんじゃないかしら。 「日本に定住するからには日本のやり方に従うのが当然。」「将来にわたってこの国に住みたいっていうなら日本の学校に通うべき。」ってのもあちこちで目にする言葉だけど、そういうこと言う人々って未来永劫にわたって自分ならまだしも自分の子や孫がこの島から出て行かないことに確信を持っているのだろうかね。あるいは子や孫が外国に住むことになった時に子や孫が”日本”を捨て去っても平気な人々なのかね。はたまた未来永劫にわたって自分や子や孫が”多数派”でいられるとでも思ってる人々なのかね。
頻発する10代のゲイの自殺を哀しむ人々によって米国で始まった自殺予防キャンペーン「It Gets Better Project」。
たくさんの人々が「It Gets Better.」、「この先必ず良くなるから絶望しないで!」と呼びかけていて、日本人では歌手の田中ロウマが「SHELTER ME」という歌に託してこの「It Gets Better Project」にメッセージを寄せている。 出口の見えない不景気も相まってか、少数者排除によって自尊心の飢えを満たそうとする人々の姿をあちこちで見かけなにやら時代が逆行でもしそうな雰囲気に暗澹とする日々ではあるのだけど、それでもほんの少しの昔、たとえばわたしの青年時代ならこの田中ロウマのPVは成り立ち得なかったであろうことを考えると、やっぱりわたしは「若者は前に進み続ける」「この先必ず良くなる」と信じ続けていけそうなのだな。
この街に暮らして50年になる。
遺跡の上に家々があるような古い街だけど、かといって名所旧跡があるわけでなく。パチンコ屋とスーパーだけがやけに目立つゴミ溜めのような街。 このウンザリするような退屈な街に生まれ育ち恋をし飯を食い眠る。郷土愛だの誇りだのカケラもないけど、それでも私にとって「故郷」としかいいようのない街。 誰にでもイヤでイヤで仕方がないんだけど捨てきれないものってある。そしてそういうイヤでイヤで仕方がないものやことやひとが歳を重ねるとともに時として自分の中に少しだけ居場所を見つけたりする。諦めたり折り合いをつけたわけではなくまたイヤでイヤでたまらないのは変わらないのだけど、時にふとただいとしくなる。 私の好きな歌うたい、鈴木常吉さんの二枚目のアルバム「望郷」が出た。 ゴミ溜めのような街で生まれ育ち恋をし飯を食い眠るすべての人々に。わびしくも素敵なアルバムです。 灯りの消えた街角 汚れた工場の壁 あの娘の肩に腕をまわした ダーティー・オールド・タウン ダーティー・オールド・タウン (詞・鈴木常吉)
なにやら西方のお国とえらいことになっとりますな。「中国許すまじ!」なデモが大盛り上がりしたりして。でもって中国でも日本資本のデパートを取り囲んで罵声を浴びせたりしてて、友人のデザイナーが上海出張を前にして憂鬱そうな顔をしておりました。もっとも在日朝鮮人の彼は「いざとなったら”わたし日本人ちゃいますう!”って第三者の顔しときます。つかそうプリントしたTシャツ用意しとこかな?」などとヌカしておりましたが。
今の時代にモノづくりに関わっていればこれはもう発注先でもあれば顧客でもある中国の人々と付き合って行かざるを得ないわけで。ネットで若い衆が「中国許すまじ!国交断絶だ!」なんて噴き上がってても「それもいいけど中国と付き合い無くなったらあんたとこのお父さんの会社潰れないまでもあんたのお父さんリストラされるかもしれんねんで?つかそんなに中国嫌いなんやったら今着てるユニクロの服脱ぎいや。携帯電話捨てるのも忘れんようにな!」って半分冗談ながらもつい思ってしまうわけです。 まあ今回のイザコザの有無に限らず普段から「中国人嫌い!」って口に出す人はメディア上でだけでなく友人知人にも結構いたりするのですが、「中国人嫌い!」って口に出す人の「中国人像」って何から出来上がったのかなと思ったり。留学先や仕事の付き合いで関わった中国人にヒドイ目に遭わされた経験から、という友人知人もいたりはするのですが、ネットで滅多矢鱈目立つ「中国人最低!」って喚いてる人々の殆どは実際の中国人としゃべったことがないであろうことはほぼ断言できますな。 もっともそういう会ったこともない人々に憎悪をたぎらせることの出来るメデタイ方々のことをバカにしてる私自身もエラそうなことは言えんのですが。ひとけのないところでデカイ黒人三人連れとかと遭遇すると思わずたじろいだりしてしまいます。白人とかだとそうでもないのに。冷静に考えると実際の黒人と接する機会なぞ今まで全くなかったのだからたじろぐ理由なんてあるはずがない。要するに私の”知ってる”黒人はほぼ映画に出てくる黒人であって、そこでは彼らはむやみにずり下がったパンツを履いてて通りを歩くよそ者に攻撃的な視線を向けるし声かけたらかけたでやたらシニカルな返答するし。はたまたかたわらにカッコいい自動車やオシャレな化粧品などを置いてニッコリ笑ってグラビアに登場するわけでもない。ひたすら閉鎖的で敵意にあふれたコワイ人々という「非実在黒人」なわけです。 ほんと、冷静に考えたら国境線や肌の色でいい奴嫌な奴が別れるわけでなし。自分の持つ他者イメージがどういう情報のインプットによって醸成されてきたのか一度ゆっくりトレースしてみることが大切ですな。このままでは鬼畜米英って合唱して滅んでしまったどこぞの国を笑えないのではないかな。
オートバイが売れなくなってきているにもかかわらず、原付二種(51cc超〜125cc未満)だけが前年比で1.5倍と売れ行きを伸ばしてるらしい。知らなかった!
まあでも考えてみると一般道路で四輪車と混じって走るにはもはやストレスと危険ばかりのいわゆる原チャリ(50cc未満)を買うなら法定速度も四輪車と同じ60km/hで二段階右折も不要でかつ原チャリとさして値段の変わらない原付二種を買うほうがよほど合理的だ。任意保険だって自家用車のオマケで格安で入れたりするし。日本自動車工業会も原付二種の好調な売れ行きに着目したのか免許取得の容易化を警視庁に要望するようで、「オートバイの楽しさを味わうならまずは125cc」論者のわたくしとしてもなかなかに心強い。 でも心強いなどとそうそう喜んでばかりもいられんのだよねえ。 前年比で1.5倍の売れ行きといってもほとんどがいわゆるスクーターなわけで。スクーターに乗ることと「バイク乗りになる」ことでは依然として大きな距離がある。もちろんスクーターに乗る「バイク乗り」だって居るし、また誰もが「バイク乗り」になる必要はないのだけど、オートバイからいろんなものを得てきたわたしにとって「ミッション付きのオートバイを操る」という特別な体験に接する機会を若者たちが失なっていくのを見るのはなんとも寂しい。 もっとも、そんなのは古い世代であるわたしの感傷かもしれないね。 スクーター乗りにはスクーター乗りの、今の世代には今の世代の「俺様の宝石」があるに違いない。 ※写真はわたくしの相方である125cc2ストツイン。長期入院中。
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